忙しさの指標

 世の中には忙しい人はいくらでもいるわけで、どちらかと言われたら暇さで勝負した方が勝てそうな奴が忙しいと言ったらバチが当たるからなるべく言わないようにしている。それでも精神的にだったり体の方だったり時間に拘束されたりと忙しいときはあるものらしい。
 送料手数料がかかるからと少し迷いつつ注文した、これだけはどうしても確保しておきたかった本が届き、開封して明細よし外観よしぱらぱらめくって印刷よしうむ完璧。サークルさんめろんさん猫さんありがとう初回は不在だったらしくてごめんねと心の中で手を合わせ、すぐにでも読みたいその本を横に置いて何か別のことをしなくてはならない状況。これはもう私にしてみれば疑う余地も反証をねじ込む隙間さえこれっぽっちも存在することなく忙しいと表現していいと思うのだ。
 ちょうどこのところそんな時期だった。忙しさを構成する要素の方はというと客観的に見たらどうでもいいような事だったり本来なら早い時期に処理できたはずのことであったり様々なのだが、まとめてどかっと来られたり、元から色々あるところに追加で来られたりすると厳しいこともしばしばある。
 忙しさそのものも、締め切りがもう目の前なのに印刷所に追加料金が発生 しそう|しちゃってる だとか、卒論の原稿の残り枚数を締め切りまでの日数で割ったら凄いことになるとか、明日がイベント当日ですとか、24時間切りましたとか、色々あるのであろう。突発的なものはどうしようもないが、せめて予見可能で最上級クラスのものくらいははどうにか回避して暮らしていきたいなとあれこれぷち忙しい状態の後片付けをしながら考えてみたりする。突き詰めていけば日々しっかりやっていれば忙しくならないかもしれないのに、締め切りが迫らないとなかなかエンジンがかからなかったりで世の中はままならないものだなあ。こうして、人はいつまでも夏休み最後の日を繰り返していくのか。
 同時に、もしあの締め切りギリギリで発揮した力をいつでもぽーんと発揮できたら俺はすごい奴になれるなとか、ゼロの領域は代わりに体を蝕むとか、人間の限界って案外遠いねとか、俺ってこのくらいまではギリギリどうにかなるもんなんだなとか、主に楽しいことが記憶に残りつつ積み重なってくのもいいなあと。くれぐれも体には気をつけて。
 でもできればのんびり過ごしたい。というわけでちゃんとやれ自分。